もみじの赤がかんかんする
はるかばかりが何故もてる

…13年のNHK大河ドラマは「八重の桜」…
主人公・新島八重の異名“幕末のジャンヌ・ダルク”をはるかが主演する。
発表されたポスターには綾瀬さんが凛々(りり)しくスペンサー銃を手に
「この時代、咲いてみようじゃないの」というコピーが添えられている…。
このドラマは、同志社大や同志社女子大の創設者・新島襄の妻となる
八重(1845~1932)の一生を描く。
のだとか
…
しかし迂闊なことに同やんの私まで
この八重さんをWikiを見るまで知らなかった。
興味のある方はググってください…
ちなみに漫画にもあって
松尾しより『清らに たかく 〜ハンサム・ガール 八重の生き方〜』(月刊誌「JOURすてきな主婦たち」)、双葉社、2012年(連載中)
とか
藤井みつる『ハンサム・レディ―新島八重物語―』(2012年11月14日発売)
とかがあるという。
…
折も折、むにの手元に一通の喪中はがきが届いた。
学部こそ違え、同期生がまた一人旅立ったようだ。
同じクラブの親友に
逝去の事情を聞いておいてくれと依頼した…瞑目
どこか似ているあの垂れ目
箕面百景元年

この画像はどこからどこを撮ったのか?
毎日長野県を訪問者追跡をやってきたが
疲れてきた
…
昨年10/17には
「森とーく[紗江子その2]」と題して
こんなことを書いていた。
…
「確かに前項で書いた一般人のログを読んでみても
「さえこ」をさかんに「サセ子」と書いている。
(わざとだかどうか解らないが…
また紗栄子サンへの当て付けかもしれないが…)
ということは大阪方言と思った私が認識不足だったわけだ。
…
この会話の続きは残念ながら
オフレコにせざるをえない。
どこかから往復ビンタが
飛んできそうな気がする…。
(。_・☆\ ベキバキ!!
というやつだ…
ただその話の結末ほどのところで
むに「じゃそういう女性の事を関東弁では
どういうの?」と聞いてみたら
彼女は「やりまん…」と教えてくれたことだけを
記しておこう。
それも、ごくあっさりした口調で…。
箕面D5の地点
20100704
つまり一昨年の私の誕生日の三日前
国有林と箕面市有林との境目にいた…。
それが「D5」だったと画像は言っている。
ところがパト隊が作ってくれた標柱が違うのだ。
彼女がいる看板は二本脚だのに
私のデジカメに残っているのは
脚1本である。
???
つまり一昨年の私の誕生日の三日前
国有林と箕面市有林との境目にいた…。
それが「D5」だったと画像は言っている。
ところがパト隊が作ってくれた標柱が違うのだ。
彼女がいる看板は二本脚だのに
私のデジカメに残っているのは
脚1本である。
???
ここに植えようと思った
世界中から非難されている
赤のドルツ

昨年のドルツの日は火曜だったが
今年の同じ日は金曜日だった。
なぜ、この日を忘れていたんだろう。
それほど記憶が薄れたわけでもなく
ARとして活躍しているのを
はるかかなたから見ているというのに…。
昨年の10/26wrote
今日は夾竹桃を買った。
明日ryoso菜園の一角に植えようと思う。
かの紫木蓮のとなりになるはず…。
昨年の今日は火曜日だった。
だから前々日の24日に
「当日まで見ちゃだめだよ」と言いつつ…。
かの赤のドルツを贈った…。
(当時はたしかもっとオレンジが勝ったようなピンクだった
ように思っているが…今は亡きとなるのか)
…
それにうかつにも気がついたのは
病院で週刊誌を見ていて
桑名正博がついに死去したのが10/26だったこと。
それで思い出すなんて
やっぱり若年性認知症がしんこうしているせいか…?